『介護をする心のうらおもて ~ありのままを大切に~』(3)

認知症対応型共同生活介護施設 「グループホーム福音の園・川越」
ホーム長 杉澤 卓巳 氏 

2.愚痴や嘆きも、ありのままを本音で語り合える大切さ

1)「建て前と本音」の使い分け ― あるのは「神の本音」のみ

『父と母を敬いなさい。そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる』と云うこの聖書の言葉を携えて、私は地域包括支援センター主催による「介護者教室」などでお話しをさせて頂く機会があります。すると、「ハイ、よく分かりました」と応えて下さる方は稀(まれ)です。反論されるように、「私の親は例外です。とても敬えるような人ではありません…」。「うちの親は、人様の親と違って一筋縄ではいきません。敬うに値しない人です…」。聖書の言葉は「建て前」にすぎない。「本音」はと云うと「現実はそんなに甘いものではないですよ!」と云う正直なお気持ちが見え隠れしています。

 私たちは、人として大人になる、社会人として生きる上で身に着けることの一つが、上手に建て前と本音を使い分ける術 すべ を覚えることです。お酒の席で、「今日は無礼講だからネ!」と前置きしておかないと後々大変なことになる。これも、職場や実社会における人間関係の「暗黙の常識」の一つです。

 私は、声を大にして申し上げたい。聖書の言葉には、そして、私たちのキリスト教会には「建て前と本音」の区別はありません。まして、上手に使い分けたりもしません。あるのは「神の本音」のみです。

 「うちの親は、人様の親と違って一筋縄ではいきません。敬うに値しない人です…」と云う本音に対して、神の本音が響きます。「あなたが幸福になり、あなたがこの地上で長く生きることができるようになるために、あなたの父と母を敬いなさい」。この「神の本音」に私たち一人ひとりが対峙しなければならない。向かい合わなければならない。「神の本音」に対してどう応答するのか。逃げるのか、しっかりと向かい合うのか。そこから先は、一人ひとりの文字通り「自己責任」だと云うことができます。

2)何故、愚痴や嘆きが生まれてしまうのか? ― 皆一様にとても辛い体験だったから

 何故、「愚痴や嘆き」が生まれてしまうのか? それは、皆一様にとても辛い体験であったからです。一人ひとり、体験した出来事によって背負わされてしまった「心の傷」がとても深かったからです。それをどこかで、身近にいる誰かに対して口を開いて話したときに、ついつい「愚痴」となり「嘆き」となってしまうのでした。

 午前の礼拝で「今から30年以上も前に、『教会における高齢者問題』をこの身を持って体験しました」と申し上げました。話しは37年前に遡(さかのぼ)ります。東京聖書学院に在学中のこと。遠く愛媛県にあるホーリネス教会の牧師家族5人が構内の男子寮へ引っ越して来られた。そして、不便窮屈な生活を始められた。引っ越して来たのは夏休み中だったと記憶しています。やがて1979年4月、東京聖書学院卒業と同時に、私はホーリネス教団教職として任命を受けて着任したのが、四国・愛媛県の教会でした。年度半ばで牧師が転居し「無牧」となった教会へ、独(ひと)り身の私が着任しました。

 私が着任する数年前、信徒伝道者であった女性牧師が高齢になって引退。身内でもある牧師家族の元へ身を寄せて、教会の牧師館で同居生活を始められた。普段から、耳が遠いために補聴器なしに日常会話もままならなかった。そんな「些細な聞き違い?」と思われるボタンの掛け違いから、隠退伝道者と牧師夫妻との関係がこじれてしまった。こうしたことは二世帯同居する家庭ならどこでも起こりうることです。ところが、教会全体を巻き込むほどに混乱してしまい、とうとう教会が二分する程になってしまった。この事態に牧師夫妻は、ただ寡黙(かもく)にじっと耐えるしかなかった。

 「教会には悪霊が働いている。あんな教会へ行っても恵まれない!」と苦言された。その為に、女性伝道者に導かれて信仰を持った教会員は困惑してしまった。「礼拝出席だけでも」と良識に立って判断しながらも「板挟み」から教会生活を継続することが出来なくなってしまった。とうとう事態収拾を願って牧師家族が転居された。なお大きな声が時折飛び交う、混乱冷めやらぬ中へ着任した私は、2年目に結婚しました。新妻を伴って隠退女性伝道者が身を寄せている信徒の自宅へ挨拶に参上しました。妻を紹介し、祝福を祈っていただくためでした。

 ところが、隠退女性伝道者の口から発せられたのは、しばらく前まで同居していた牧師夫妻に対するこれでもか、これでもかと云う悪口雑言(あっこうぞうげん)でした。妻は初対面の隠退女性伝道者の口から、神さまの恵みと祝福の言葉ではなく 非難轟々(ごうごう)、まるでマシンガンのようにして、次から次へと繰り出される言葉にびっくり仰天してしまった。そして、居た堪たまれなくなってしまったのでしょう。しばらくして涙を浮かべてしまいました。

 聖書学院在学中、聞かされてきた老女性伝道者の輝かしい伝道の足跡とは、似ても似つかない姿が目の前にあったからでした。ホーリネスの四国教区・愛媛県の教会は、小柄な身の丈の信徒伝道者が祈りに祈って「神の霊に押し出されるようにして」自転車を蹴って、獣 けもの が出るような山坂 やまさか の道を東奔西走。あの町の家庭集会・この村の家庭集会と云うようにして、次々と信仰告白される方が起こされていった。やがて、そこから幾つものホーリネス教会が誕生した。 「神さまに用いられた器で、伝道者のお手本」だった。そうした輝かしい伝道生涯における武勇伝の数々を聞かされてきた。

 ところが、今、目の前に居るのは、とても似ても似つかない「年老いた老人」。神さまに用いられた伝道者の余りの変貌さに愕然としてしまった。この悲しみの極みから涙を浮かべてしまったのでした。

 こうした内輪の話しは、「醜い愚痴・嘆き」としか受け取られません。そして“そうやってグチグチ、ねちねちといつまでも引きずっているのか!”と勘ぐられそうです。確かに「認知症」という病気を知らなかったら、この時の悲しみ・流した涙の意味は答えが見つからないまま、尾を引きずっていたことでしょう。けれども、「認知症対応型共同生活介護施設」である「グループホーム 福音の園・川越」で認知症の高齢者をお世話させて頂く中で、認知症の始まりと思われる言動の一つひとつから30数年前を振り返ったときに、正に「思いあたることばかり」でした。その結果、「認知症」という病気によって教会が二分してしまうほどに混乱してしまったのだったと「高齢者福祉専門職」として検証することができました。そして、当時の教会関係者のどなたをも悪く詮索する必要もない。非難する必要もない。冷静になって「これは認知症という病気がもたらした出来事だったのだ!」と検証することができました。そして、長く長く私自身の中にあった様々な混乱がスーッと整理され、大きな平安を取り戻すことができました。これも「体験が経験化された」結果の一つの事例です。

 もしかしたら、あのまま牧師の仕事を続けていたら、おそらく死ぬまで尾を引きずっていたに違いありません。そうした中から、「行って学んで来なさい」と主イエスさまに背中を押されて、高齢者福祉の現場へ飛び込み、「認知症という病気の正体」を正しく(色メガネ掛けることなく)認識することができました。こうして、ようやく「愚痴や嘆き」から開放していただきました。背後にあって主なる神さまが、身震いするほどに確かな御手をもって、私ども夫婦を最善に導いて下さっている と感謝することができました。この国が抱かかえる「超高齢社会における高齢者福祉の最前線」へ導いて下さった 主なる神さまを仰ぎ望むことができる者にしていただきました。

 この午後、集われましたお一人ひとりが、夫や妻に対して、嫁に対して、父や母(義父母)に対して抱いておられた「愚痴や嘆き」という様々な混乱が整理されて、かつて私自身が体験したように、大きな平安を取り戻されますようにと期待しております。
これが始めに申し上げました、「介護のやすらぎカフェ」を開催する目的に他なりません。

3)『変えられないのは他人と過去 変われるのは自分と未来』

 『変えられないのは他人と過去。変われるのは自分と未来』と云う名言があります。私は、認知症対応型グループホームで、一緒に働く介護スタッフに繰り返し、「グループホーム 福音の園・川越」の運営理念・基本方針を伝えております。認知症状進行に伴い自宅(家庭)での生活が困難になって入居された高齢者を、お世話しやすいように変えようとするのは介護ではありません。働く介護スタッフの何倍も生きて、生活習慣や生き方(信念)の出来上がった人生の先輩を変えることはできない。熟成された人格を持ち、人生の終着駅に向かっている先輩たち。ただ認知症状によってその人格(生活習慣)が歪められてしまったために、時として「問題行動、異常行動だ!」と観察されてしまうだけなのです。

 この視点に立って、『画一的な支援の押し付けにならないように、お一人ひとりの生活作りのパートナーを目指します』―基本方針の一つです。傍らに寄り添う「パートナー」に徹することが出来るように「自分を変えようと努力する」ところから、「介護プロ」の第一歩が始まります。

 先月で終了したNHKテレビの朝ドラ『花子とアン』。「週間視聴率・ダントツ一位」を記録し続けた番組でした。主人公が女学校を卒業する場面に心が響きました。卒業生に贈るブラックバーン校長の言葉を、主人公の花子が次のように同時通訳しました。

「私の愛する生徒たちよ。我と共に老いよ。最上のものは なおあとに来たる。今から何10年後かに、あなたがたがこの学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだった、楽しかったと心の底から感じるのなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。人生は進歩です。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。旅路の最後まで、希望
と理想を持ち続け、進んで行く者でありますように。」
(NHK朝ドラ『花子とアン』 2014.5.17放映)

この日、花子腹心の友・蓮子が一句詠む
『キリストの娘と呼ばれ 誇り持て 学びの庭にありし幾歳』

長い時間、ご静聴を頂きましてありがとうございました。(2014.10.26 杉澤 卓巳)

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● 介護セミナー「いのち溢れる交わりに生きて」
介護をする心のうらおもて〜ありのままを大切に〜(1)
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『わかってくれる人は幸いです』  
マザー・テレサ

私のよろける足どりとふるえる手を 理解してくれる人は幸いです

私の耳は、人の言う言葉を聞き取るためには、

大きな努力が必要であることをわかってくれる人は幸いです

私の目はうすくなり、私の行動はのろいということを善意のうちにわかってくれる人は幸いです

私がコーヒーをこぼしても、かわりない 平静な顔をしてくれる人は幸いです

しばらく立ち止まって明るく微笑みながら おしゃべりしてくれる人は幸いです

「今日はその話しを二度も聞きましたよ」と 決して言わない人は幸いです

楽しかった昔をとりもどす方法を 知っている人は幸いです

私が愛されており、ひとりぼっちでないことを教えてくれる人は幸いです

私には十字架を担う力がないことを わかってくれる人は幸いです

愛情深く人生の最後の旅路の日々を 慰めてくれる人は幸いです

(おとしよりに対する黙想の言葉)